2006.09.24

タマシイムまし~ん。

Nec_0417

ちょっと寝坊気味の日曜日の昼下がり。掃除と洗濯をすませて、床に寝転んでみた。ピアノ曲が流れ、テレビからはドラマのメイキングの番組の音だけ聞こえてくる。呼吸法の練習でリラクゼーションを試みる。頭がここちよくなるまでなかなか弛緩できない。呼吸をしていると、無意識というか、いろいろな景色が勝ってに見えてくる。目は閉じているので、半分夢みたいなものなんだろうけど。

その中で、あれ~と思ったのが。昔の自宅の記憶。自分が立って歩いているときに、見える景色というか、まさに自分目線の景色。25年前の自宅の景色、とてもなつかしい。自分の机に座って、そのときの本棚の様子とかが見えてくる。家の中を歩いて、ドアを開けて、一部屋一部屋確認していく。昔の間取りって、そうだったよなあ・・・。でも、不思議なことに、人間がどこにも居ない。空っぽの家。

ああ、なんだって急に思い出したんだろう。これを書いているこの瞬間も、25年前の家の中の景色が頭の中を駆け巡っている。爺さんと婆さんの顔はちらほらでてくるんだが。あくまで景色の一部に過ぎない。この状態を止めるにはどうしたらいいのだろうか・・・。

ほら、ときどき音楽を聴いたあとで、その音楽が頭の中で延々と鳴り響いてることってあるじゃないですか。それと同じような感覚の映像版です。困ったな・・・。

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2006.08.09

0次元。

2005年のある日の夢の話。

実家の家の前で家族と別れ、車に乗り込む。ひとりじゃなく、他にも知らないヒトたちが数名同乗だったかもしれなお。出発。ゆっくりと路地を出て,坂道を登り始める。しだいに車は加速してゆく。体がシートに押し付けられていく。ますます、車は加速していくと、次第に息が苦しくなる。ああ、死ぬんだ・・・。そう思いながら、薄れいく意識の中で、車窓の景色が流れ去るのをみている。

死んだ。そう思った瞬間目覚めた。まったく、妙な夢だ。にたような、描写は漫画の21エモンのなかでよんだことがある。老人が移動式の席にすわっている。建物の中にその線路はつずいている。ドームにはいると、天上が閉まり。何もかも消えてなくなる。0次元。長寿に飽きた末の人生の末路として描かれていた。

それはそうと、死んだらなにもかも消えてなくなる。けれど、ひょっとして、夢から覚めるようにあの世で目覚めるのだろうか?夢の中で死んだと思った。そして、目が覚めたわけだが、本当に目が覚めたのだろうか?もしかして、今この今があの世だったりして。夢から覚めるってのは、夢の世界での死に相当する出来事なのかね。もしかして、死ぬのと、夢から覚めるのって区別できなかったりして・・・。

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2006.08.06

Multiple Chemical Sensitivity

この言葉を知ってから、4年。世の中のにどのくらい浸透したのだろうか?いつも危険を感じているんだけど。匂いで頭痛になうことが多いから。やばいよ。

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15の夏。

テレビで浅田真央15の夏ってのでみた。朝から晩まですごい練習だなあと思い。彼女のことはまあ置いといて、自分の15の夏を思い返してみる。たまたま中学時代の友人AJと一昨日に再会したこもあるので、当時のことが懐かしく思い出せるかもしれない。

さて、バックツーザ15の夏。15歳といえば、中学3年生か?それとも高校1年生か?どっちにしても、吹奏楽の練習三昧だったことにはかわりないんだか。ここはひとつ、中学3年の夏ってことで、話をすすめてみよう。ええと、とりあえず,受験生だったので、夏休みも中学の補習授業ってのを受けていたような気がする。能力別クラスにわけられて、受ける授業はなんだか妙な感じだった。水泳とかは特に記憶にない。

中学3年は今思えば、いちばん考えたことが実現できた、というかできるんじゃないかって気になっていた時期だったな。まだまだ無限の可能性を信じていたわけだ。自分てものも少しは出来てきたんだろう。AJらとの出会いもあり、転回点の一つであったことは確かだ。それにしても、AJらとの学校生活は楽しかった。落書きにしろ、吹奏楽にしろ、科学にしろ、熱中していた。BCLにもハマッテイタ。よくもまあ、あれやこれやと、やったもんだ。体力があったんだろうな。

確かに、そんなに持久力があるほうではなかったが。サッカーをやっていても、ゲーム中に走れなくなるなんてことはなかった。まあ、走ってねえだけか?走っても、あまり汗をかかなかった、そうゆう体は未熟なのかいいのかわかりませんが。ちなみに、高校生になってからは、運動すると汗だくになるようになりました。

あのころは、まだ爺さんも元気だった。毎朝、一緒に朝食を食べたはずだ。母親も仕事をやめて家に居たなあ。いつも、爺さんは応援してくれていた。家族の年齢構成からいっても、全員が健康で元気だった時代。タマシイムマシンでちょっと行ってみるなら、中学3年の夏がいいな。でも、いってみたら、受験勉強でくたびれている自分がいたりするんだろう・・・。そんな自分に一言いうとしたら。”今やってることは全然無駄になんかならないぞ、頑張れ!”って言ってやりたい。まあ、そんなに明るい未来じゃねいってことは言わない。

中学時代に好きで勝手にやったこと、趣味でやったこと。そうゆうのが、一番人生の支えになってたりしている。半田ごての使用時間は、中学時代が間違いなく一番だ。電子部品をごみ捨て場からかき集めたりして・・・。知識は全然なかったけど、なんかやってた。ああ、実家の押入れの部品をこの夏休みは少しは片付けないといけないな。まるでタイムカプセルだから。

そうゆうわけで、15の夏を過ごしている皆さんには、この夏を大事に過ごしてもらいらいたいですね。熱中できることがあって、話の出来る友人がいれば、もう一生の宝物です。酒のつまみ能力指数130ってとこかな。

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2006.05.29

乳鉢の行方。

 昨日の朝がたは一ヶ月ぶりくらいにノンビリと昼間で眠った。毎日が緊張の連続でノンビリするのもちょっよ勇気がいったりする。そんな中でのだらり~タイム、また妙な夢をみてしまった。4っつくらいみたので、断片しか覚えていない。
 一番印象に残っているのは、またまた、亡くなられたM氏の登場。電車に乗って座っていると、向かいの席になぜかM氏の姿が・・・。信じられなくて、よくみてみてら別人であったという夢。もう少し内容があった気がするのだが、そこしか覚えていない。そして、今度は、どこかの大学かなんかの広い実験室で、沢山の人があつまり、みんな乳鉢で薬品を調合している。夢の中の設定では、そうやらそこは亡くなったM氏の実験室らしい。みんなで、さすがM氏は乳鉢を沢山もっているねえ・・・とかいいながら粉を混ぜている。ちょっと意味不明な乳鉢だった。M氏の残した乳鉢は残念ながら引き取ることはあきらめたが、それはよくないことだったのだろうか・・・。それとも現実に乳鉢が処分されたのかな。
 もう一つは、雪道をあるく夢。なんだか、舞台はニューヨークらしいのだが、私は現実には行ったことがないので、それがどこなのかはわからない。雪道をうすっぺらい布の靴を履いてあるいている。途中で大きな水溜りが道をふさいでおり、水の中に足をいれないでは進めない。ああ、いやだなあ、と思いながら進む。延々と水溜りは続く。途中で迂回路を発見し、その方向にいってみた。なんかの店があり、その中を通り抜けれれば反対側の道に出られそうだった。しかし、店の入り口をいくら探しても見つけることができなかった。残念。
 現実世界では、朝方はちょっと涼しかったうえに、布団がはがれていたので、足元が冷えたのだろう。でも、夢の中では水は全然冷たくなかったなあ。

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2006.05.24

ここは地獄ですか?

2005/10/20 (木)の妙な夢の記録。

 今朝の夢。なぜだか、茨城から仙台まで不思議なルートで帰ることになった。普通のJRの車両ではない、関空の移動用の電車みたいな感じ。或る地点で下車。そこから、乗り継ぎの電車の駅までは歩かなくてはいけない。かなり距離があるようだ。

 砂利道なのでなんとも歩き難い。ずいぶん歩いたところで、分岐点になった。右と左に道が分かれている。どちらの標識の説明も、目的地に関係した情報がかかれていない。誰かに携帯電話で連絡をしようとするが、繋がらない。しかたないので、よくわからないまま、左へすすむ。

 すこしすすむと、なにかそこは屋敷の中の廊下のようであった。とにかく通り抜けようと、先に進む。突き当たりに扉があった。襖をあけると、そこは2階のような感じがした。しかし、床がないので、一階が丸見え。歩ける部分は、壁際の幅20センチくらいのだけだ。

 他にもその、壁際の道を歩いている人がいて、一階の飛び降りる人もいた。一階には人が沢山いて、賑わっていた。でも、なにかがおかしかった。そのせまい壁際の道は行き止まりになっていたので、しかたなく、引き返すことにした。しかし、バランスがとれなくなり、よろよろとしてしまった。一階に落ちそうになるのを必死にこらえて、どうにかこうにか入り口の襖までもどった。部屋の外にでると、入り口のところに、綺麗な着物をきた、日本髪の女性が立っていた。「ここはなんですか?」と訪ねたら、『地獄です』といわれた。ぎょっとした顔をすると、『おはらいでもしましょうか?』と言われたので、「そんかおかねはないのでいらないです」と答えてその場を立ち去った。

 それから、また分岐点までもどり、反対側の道を行った。

ここで夢の記憶はおしまい。それにしても、建物といい、登場人物といい、まったく現代的じゃないようだった。室町時代とかそんな感じです。まったく理解不能な夢なんですが、背景としてはいくつかある。一昨日に茨城に出張に行っていたこと、昨夜、茨城方面で強い地震があり、ニュースで地図をみたこと。寝る前に前世がどうのこうのという番組をみていたこと。それととにかく非常に疲れていた・・・。

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