ここに引っ越してから特に誰か知り合いと会うとうこともなかったのだが、ちょっとした偶然から中学時代の友人のAJと再会することになった。最後に会ったのは、7,8年前のことであるから、もう一昔前のことになる。二人ともあれから仕事が変わったりしたので、お互いの登録情報を更新しないといけません。
何故急にAJと再開することになったかというと、自分の住んでいるところとAJの職場が目と鼻の先だということが発覚したからだ。なんたる偶然。このとこに気が付いたのは引越ししてから3ヶ月もたった後だ、なんてもったいないことを・・・。メールアドレスは知っていたはずなんだが、住所は知らなかったので、引越し案内状リストからもれてしまっていた。たまたまAJからメールが偶然来たので、今回のことがわかった。そのAJ、今の職場をもうすぐ去るということで、近所に居るうちに会おうということになった。
お互いの出張とかあって、なかなかスケジュールが会わなかったが、やっと週末に再開できた。会社から電車に乗って、待ち合わせの駅まで移動。ピンポイントで場所を決めていないので、地下道から携帯電話に連絡した。彼のいる地上出口を確認。エスカレータに乗って、だんだんと地上の光がみえてきた。おお!AJを目撃した瞬間認識できた。おもわず手を振ってしまった。
まだまだ、外は明るい。さっそく近場の焼き鳥屋に入った。まずは今世紀初の再会を祝して乾杯。面白いもので、7年前の話の続きができてしまう。話も進むが酒もすすんでしまった。ビール3杯飲んだあたりで、店をでるか迷ったが。次の店を探すのは時間のロスだから、このまま滞在することに。さあ、焼酎ステージに入った。
AJの活動にはいつも刺激を受ける。彼は文系で自分は理系なんだが、話のギャップはそれほど感じない。同じテーマに関心をもつことができるからか。環境問題でれなんであれ、最終的には患者の問題解決できないといけない。と、同時に問題の発生源を直さないといけない。多くは、人間の意識の問題であるんだろう。折角科学が問題解決の方法を提供しても、それを利用するかしないか判断するのは社会とか人間とかだ。
AJと話をするときにもしかして、毎回話しているのもしれないことがある。例えば、宇宙開発。本当に宇宙開発する必要があるのか?今世の中で生きてるヒトみんなに、そのエネルギーを分配したほうが、幸せなんじゃないのか?みんながもっとエネルギーを使わなかった時代の生活で十分なんじゃないか・・・。とかね。自分を納得させるだけの考えかもしれないが、結局地上は閉じた環境なので、外に向かわないと仕方ない・・・。未だに考えてしまってるけど、空間的な分配もあるけど、時間的な分配もやらないといけないのかなあと。未来の子孫のために、いろいろな可能性の道筋は作っておかないといけないのかなとか。何のために科学するのか?という問題でもあrので、大抵酔いよいで考えちゃいけないことなんですけどね。
今回は仙台時代を振り返った。AJは高校は千葉県に行ったから,彼との交友は実質1年なんだが、ともだちのともだちとして共有する情報が多かった。AJに昔の連中とは連絡とりあっているのか?と尋ねたら、NOだった。自分と同じレベルだ。年賀状をやり取りしているのは、心を病んでしまったKだけと、これまた同じ。なにせ、自分が仙台に住んでいたときですら、徒歩10分のところに住んでいる友人と何年も会ってないんだから、意識がないと近くにいても意味がない。そんなわけで、中学時代の面子を集めてみたいねえ、という話をした。みんなどこでなにをしているのかな?
自分たちの親の面倒のことについても考えてしまった。AJの母親に会ったことはあるはずだ。彼の家に行ったことあるんだから。でも、なんにも思い出せない。彼の住んでいた集合住宅だけが思い出される。にんにくぷんぷんのラーメン屋の近所に、いまでも建物はある。親の住居と自分の職場の両方の距離感とか考えて、AJ君は大変な通勤生活をしている。が、今後どうするのか。第3の人生といっていたが、決まったら教えてください。
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