しがらみのなかで

うっとうしい。てのひらがえしにはなれているが。つごうのいいことばかりのせめぎあい。
意識的な努力をしないと現状を維持することすら困難である。得るものがないならないで、せめて現状維持をこころがけないと。気が付いたら、なんにもなくなってしまいそうだ。皿回しみたいなもので、どのさらも落としたくはないんだが、全滅も困る。2枚くらいは維持したい。
自分の時間は自分のために使うだけのはなし。栄養が足りないんだから、補給しなくてはならない。そうでなけりゃ、生きる意味がないってことになる。「一つのことを一つの目的のためだけにやらない」というカエサル式ができたらいいが。健康第一なのだ。自分で自分を教育していかないと。必衰の・・・。

アストロ球団をみて感動して泣けてくる。
とうとう最終話まで観てしまった。涙があふれてくる。この感動はいったいなんなんだろう。言葉で表現できない部分がある。もう一度最初から観直してみたい。バカバカしいとおもうなよ。一つのことに一心不乱に打ち込み、完全燃焼すること。それが望みか。燃えたいのか?それともまた魔闘気で自滅したいのか?
”グッドラックの言葉”を読み直し就寝します。
今日は思い切って早々に帰宅を決めた。家でやりたいことがあるから。残業は30分だけ。外はまだ明るいじゃないの。なんだか得した気分だ。今夜のメニューを考えながら電車に揺られてZzzzz。昨日眠れなかったから眠いんだよ。
帰宅後にとっとと夕飯を済ませた。やったよ、まだ8時だ、今日は久々に聞きたい音楽があるんだ。ゆっくり聞こう。ああ、音楽はいいもんだ。もし、高校生にもどったなら、絶対今度は音楽の勉強をやるぞ。なにをやっても、ひとより10年遅れなんだもんな。
結局、流されれて疲れ果てて、棄てられるような結末だってあるんだ。自分に投資していかないと。自分のためになる時間を過ごさないと。忍耐と放心で人生終わりたくない。ピアノフォルテ。
わかってはいたが、今朝は雨雨雨。散歩に出かける気もうせてしまう。しかし、家に居て明日のことを考えるのもいやなので、とりあえず外にでよう。そうそう、トマトがないんだった。買いにいこう。トマトなしには生きられない。果物を積極的に食べないから自然とそうなるのかなあ。
雨の日用の散歩コースは昨日開拓しておいたので、そこをいく。屋内の空間がつらなっているので、小さいこどもが沢山はしゃいでいた。雨の日に外に出れないときって、子供のころどうやって過ごしていたのかなあ?思い出せない。
買い物をすませてまっすぐに帰宅。さすがに海をみても面白くない。今日は家の中でぼんやりするか。と、思ったが、アイロンをかけないといけないし、ご飯も炊かないといけないし、結構やることあるなあ。カールセーガンのコスモスを観ながらアイロンがけ。今回はロケット打ち上げから火星探査の話だ。アイロンがけに時間かけすぎ・・・。コメトイデ炊飯器にセット。12食分の冷凍飯を作製する。
さあて、やっと一段落だ。”ダイアモンドの科学”を眺めてみる。結晶、なんだか懐かしいきがする。10年前、とにかく結晶を作る仕事に就きたかった、そうせめて作れればなんかに出くわすだろうと。しかし上手くいかんもんで、作りたいだけじゃ誰も作らせてくれん。結晶育成以外の方向性を模索、しかも物性測定に依存しない方向で。その積み重ねが、今じゃこうゆう結末になったわけだ。よかったか、悪かったか、今は分からない。いつかまた、結晶を自分で自由に作ってみたい。
火星の人面岩、カールセーガンは砂嵐の仕業と思っているらしい。しかし、そんなことでも、人々に火星探査の意義を認識もらえるなら確かめにいってもいいじゃないかとも言っている。人面岩の真偽を解決してくれるなら、お金出すでしょみんな。

梅雨の中休みか?雨がないのでまあまあの天気。夕方には雨の予報なので昼のうちに。海へ。海を眺めながらこの文を書いていると、アジアンな女性が近づいてきた。船を背景に写真をとりたいらし。シャッターを押すとき何ていったらいいかなやんだ。うまくとれているといいけど。何をかこうとしていたのか?わすれた。また、あとで。
*** *** ***
もう夜中だって時に思い出した。海をみているときに、座ってた段の石が暖かくて気持ちいいなあと思っていたんだった。岩盤浴みたいなもんなのかね。しらないけど。そんで、熱い意思はねえよなあと・・・。鉄の意志とかないなあと。思いを巡らせていたときに、上述の出来事が起こったというわけ。
風があるのでそれなりに涼しい。ので、しばらくそこにたたずんでいたかったのだが、とりあえず食べ物買いに行かないと・・・。いつもと逆の道順できたのである。天気が崩れるとこまるから。
何を買おうかと考えながら歩いていたが、とくに思いつかなかった。店についてから、サルサソースみたいのが欲しくなった、がなかった。残念。タコスくたいんだよね。

昨夜は寝る前に布団の中で、「生きる意味」を適当なページから読み返してみた。たまたま、「数字信仰」は危険だとうような話の場面だった。なんかタイムリーだったかもしれない。お金を稼ぎ、年収をあげることが人生を豊かなもにしてくれる、今自分はそう思わないといけないから、そう思ってくらしている。もちろん葛藤はある。
本の中に出てくる象徴的なエピソード。”健康のためなら死んでもいい!”。豊かな暮らしをしたいから、給料が沢山もらえるように、生活を犠牲にして稼ぐ。読めば読むほど、やばい。年収を増加させることは、アル人にとっては、生活を豊かにするかもしれない、しかし、誰でもそうとはいないってこと。年収1000万円以上稼げば豊かになれる、だからそれを目指せ!ってな具体的な数字がでると怖い。
なんのために生きているいるのか。まさに”生きる意味”だ。毎日、残業をちゃくちゃくとこなさないと、予定の年収にならならい。これがなんだかとてもプレッシャーになっている。最初に数字で年収を予定しているから、そこから減収になりたくない、そうゆう思いがつよい。もちうろん、残業たって、時間(数字)でみればたいした時間数ではない(大学の実質就業時間と比べて)。
「数字信仰」が「生きる意味」の実感を阻害しているそうだ。たしかにそう思う。「人生に何を求めるのか」。
でも、家が欲しいんです。これも、まやかしなのか。家をもてれば豊かになれるのか。これが1年2年の短期的なことなら、いいのかもしれない。しかし、この状態がじぶんの人生そのものになる恐れもアル。1年で何万円貯金を作る!とか数字の達成から、考えていくとやはりつらいものがある。しかし、困った問題だ。都会じゃ生活のコストが非常にかかる。
問題は数字が、生活の、人生の質を低下させているような気がしていることだ。30分早く帰宅したから、30分本が読めたと思えば、豊かさを享受したことになろう。やはり、時間でお金は稼げるが、金で時間は買えないのだ。まあ、今にはじまった話じゃないけどな。時間とお金が直結すると意識してしまう。100万円のために失うもの、そこまで考えないと。仕事さえあれば無理して都会にすまんでもいいんだがね。
とにかく、満足できる生活にしていかないと。何事も主客の逆転は不幸のはじまりだ。生き残るために生きる?生き残るためなら死んでもいい?こころ穏やかに、なにかに打ち込めること、そんなのがいいです。そなんあ生活を確保するために、稼ぐです。
あぶそりゅーとえごだんす。

あたりまえだ。あしたになればわかるだろう。
とはいうものの。不安は感じるものだ。どうやったら、明日への不安を取り除くことができるのだろうか?今日に集中しなさいとは、よくいうことがだ。そんなに集中しつづけれらないのだ。どうする?気持ちをそらすか、音楽しかないかな。こんなとき、趣味でもあればいいのだが。そんな時間もない。今これを書いたら、もうネル時間になっている。後、2時間欲しいですな。
風呂上りに、背中や足のつぼをマッサージなんかしていると、あっというまに時間が過ぎていく。ちょっと意識的に仕事時間を減らすことにしよう。からだの警告がでてからじゃおそい。眠りの質が悪いみたいだ。起床後20分間も体が動かない。先月は起きたらすぐに行動できたんだがなあ・・・。
ああ、12時だ。ここからは危険な時間帯。ためになる夜更かししないと。1ページの読書を。また読もう、”生きる意味”(上田紀之著)。
がんばれ日本!残念ながら負けてしまったが。結構危ない場面が沢山あったから、しかたないのかもね。日本の攻撃はなんか、つまんない攻撃。どかんとけらんかい!!がんがんうってりゃねえ・・・。攻めないとファールもとれないんじゃい。
とっととねるだば。しかしだ、何が起こるかわからないので、最後まであきらめるなよ。今あきらめたら、次はまた4年後いちからやり直しなんだから。
サッカーワールドカップ日本対アウストラリアを見ているのだが、なんだか集中できない。仕事の不安が頭の中でぐるぐると回転している。応援してるはずなんだが、ふと全然関係ないことを考えている。使いものにならないということになると、解雇されてしまうのかなあ・・・とか。それならそれで首を洗ってまつけどさ。とにかく我慢我慢。
最近エレベータに対する関心が高まっている。思わず、のったエレベータの会社を調べてしまいます。まあ、どこの得エレベータでも事故の可能性はあるので、できるだけすばやく乗り降りするように気をつけている。
それとは、またちょっと違う観点から思うことがある。電車に乗るときに駅の中で通常階段かエスカレータを使うことが多い。エレベータはあるんだろうけど、使ったことはない。車椅子の人用っていう印象をもっていた。たまたま、エレベータを使わなければならない局面になった。具体的には乳母車を押して歩かないといけない状態になったわけだ。
いつも使い慣れた駅でも、いざエレベータを探すと、なかか見つけれないもんだ。しかも、意外と利用者が多いことにきが付いた。お年よりや、キャスター付の旅行カバンをもった人で行列さえできている場合が結構ある。最近の駅は地下深くにあるので、エスカレータで荷物はこぶのも大変なのだ。大きなカバンの人と乳母車の人がかち合うと、もう満員状態になる。国際空港くらい沢山エレベータないと駄目ですね。車椅子の人がメインの利用者と考えるのは間違っていると感じたです。
それにしても、乳母車使ってみて、世間が乳母車に全然や優しくない世界だと実感しました。駅の中でちょっと百貨店に入ろうと思っても、3段の階段がうっとおしい。なんとかスロープのアル場所を探してしまいます。本当に面倒です。車椅子利用者の方の苦労がよくわかりました。
そこでだ、車椅子のためという名目を拡張して、乳母車対策として、スロープやエレベータをもっと完備できないもんだろうか。今なら流行の少子化対策でなんとかしてもらえるんじゃないだろうか。電車に乗っても、乳母車って大変だった。それに、歩道を歩いていると、横断歩道で、車道と歩道の間に縁石のわずかな段差がうっとうしいのだ。いちいち乳母車の車輪がひっかかりそうになる。まあ、前輪を持ち上げるように気をつければいいんだけど、面倒だ。
もしも、車椅子用の歩道ってものが世の中に整備されていたら、乳母車でコンナに苦労しないですむのに。いかに、弱者の視点から見てなかったということですな。
ああ、いいわすれた。駅でエレベータ乗るとき、乗れない面子が出口に先回りできるようにと思ったが。どこにでるのかわかりにくいので、先回りしにくい。これは困るんだよ。でかいキャスター付カバンや乳母車、車椅子に対応できるような、エスカレータってあり得ないのかなあ。よくホームセンターであるようなスロープ式のエスカレータがあるけど、場所とるからなあ。転送機が発明されるまで、解決されない問題なんだろうか?
厚生労働省も おもしろうい対策かんがえますね。時間外労働が30時間越えたら割増率をアップするって。それで労時間が減って、子育て支援になるってわけなのか。なんだか見通しがよくない対策のようなきがするんだが。だって、9割の企業が30時間以内なんでしょ、記事によると。なんにも変化ないじゃん、というより30時間越えて割増を積極的に求めるようになりはしないかと、不安なんだが。結局、必要なのはお金なんだと思うけどね。基本給をあげたがらない事情を変えたら?
しかし、よのなかの時間外労働時間の平均が15時間ってのはおどろいた。それでよく生活できるなあ~って感じです。残業代なしの収入でまともにくらせるんですかね、みなさんは。私の設定は40時間なんですけど。できれば、これ以上くりあしたいと思っていたんすが、結構疲れる。年収を維持するので四苦八苦。残業代をアテニしないといけないような生活の仕組みがそもそもまちがっているんだろうな。仕事がないより、ずっといいですけどね。
大学の研究者なんかだと、そもそも残業代なんて仕組みがないから、超過勤務で収入が増えるわけじゃない。でも、残業ゼロでも金額的には十分もらえているとするなら、まあそれはそのほうがいいのかも。まあ、超過勤務しないと、生き残れないから、結局、雇用維持のためにやらんとならんのだろうが。
それよりも、通勤時間が2時間というような世界をなんとかしたほうがいいじゃないの。これも、職場が都心にあるからしかたないっつううか。なんかいい方法ないのかね。だって、通勤に2時間あかるってことは、仕事が8時半からだとして、6時半には家を出ないといけないんでしょ。6時起床が限界でしょう。残業2時間やると、帰宅は10時近くなるよねえ。子育てなんてしてられんのかいな。
幸せな家庭のありかたといのは人によってちがうんだろうけど。子育てのために残業するなんてなんか変化なきがするけど。
なんとなく、わけもなく。いつもより早めに帰宅した。ちょっと明るさが残っている。強いていえば顔が痒くてたまらず、集中できなかったから。なんだか、腹も減ったし。早いとテレビも妙な番組だねえ。まあ、飯作りながらみてみるが。この時間帯がいちばんホットするねえ。晩飯作って食べて、後片付けして。ああ、風呂に入ってねればいい。
この一ヶ月で風呂にお湯をためたのは数回しかない。追い炊きできないからなんだけど。ちょっと疲れが取れない原因かもしれない。以前はあ出張でビジネスホテルにとまっても、たいていお湯ためて入ってましたから。どうしたもんかなあ・・・今は時間がないから、シャワーで済ませている。あったかいしね。なかなか体までリラックスできないです。
そんなわけで、今日は少しは休まったのかねえ・・・。週の真中だし、仕方ねえな。社会貢献なんかできないとやばいよなあ。自分の一番できることをやるのが、一番コストパフォーマンスがいいんだろうけど。そういっても、10年間の修行の結果は廃業になったわけで、新しい、技を身に付けないとね。アストロ魂がほしいよ。く~。
ダッタン人の物語。そんなのあったっけ?
この一ヶ月間の生活は、とにかく生きているだけの生活という感じ。休日はほっとすることもあるが、基本的なプレッシャからは開放されないままだ。収入を増やし生活を安定させるのが第一の目的であるが、この選択が成功なのかまだまだわからない。収入は増えたような気もするが、労働時間は減少傾向にない。しかも、支出の増加はもしかして、収入の増加と同程度かもしれない。
稼ぎと生活のバランスがどう折り合いがつくのか、わからないが。わからないからと、いって立ち止まるわけにはいかない。いくら惨めな暮らしとはいえ、失業する苦痛に比べたらましと思わなくては。とにかく、お金がいくらかもらえるんだから、我慢しなくては。運がよければ、枝が一つ増えるかもしれないし。まあ、出世の見込みは全くないことがわかったが、それでもいい。今は自分中心。
できれば、帰宅後一息ついて、夜12時くらいから1,2時間机に向かって、読書なり勉強なりできると理想的なんだが。そんなことしたら、命が危険だろう。長生きしたいですから。さあ、自分にとって、何が幸せなんだろう。それが見えれば、そこに向かって前進するだけなんだがね。何をやりたいんだか。
#およよ。ついに、新幹線が前面禁煙になるらしい。願いがかなった。喫煙しない人が喫煙車に乗ったときの地獄を考えると、面前禁煙はありがたい。
通りすがりだったのだが、ステージから聞こえていた歌声に思わず立ち止まった。女性3人の歌声がちょうど終わったところだった。次の歌がはじまりそうだったので、聞くことに舌。うたは、”ふるさと”。うつくしい歌声に魅了されたのか、かすかに目がカユクなってきた。この曲はあまりにも、想像を掻き立てる。映画をみているような、そんな歌だ。目じりにうっすらと湿り気を感じてきた。これ以上ここに立ち止まるのは、危険だ。最後まで聞いていたい気持ちを抑えて、その場を去った。真正面からの移動はちょっと失礼だったかもしれないが。
ふと思い立った。もしかして、イベント情報を調べたら、あれは誰だったのかわるかな?早速、検索開始。何件かの情報をおもとに、さらにキーワードを変えながら、調査。ついに、発見。なんか結構すごいんでないかい。CDも出るみたい。へ~。というわけで、詳細は、ここをみてけれ。http://www.cappellatte.com/ライヴの音はいいねえ。

今日はなんだかエコに縁が多い一日だった。散歩の途中でエコカーのイベント会場に紛れ込んでしまった。自家用車やバスなどいろいろなエコが展示されていた。ここは昨日も来たけど、日曜日は人の入りが全然違うね。潮風にあたったし、満足して帰宅だ。一杯やるか!という感じでとっとと帰る。
帰宅してビールを飲みながらテレビをつけると、「東儀秀樹・青木さやかeco宣言SP」という番組が流れていた。なかなか面白い番組だった。スウェーデンのエタノールバスとか本気でやってるって感じですごい。さっきのイベント会場にもそんなバスが展示されたいたのだろうか?よくみてくればよかった。日本じゃなかなかすすまないんだろうね。いくらいいものでも、高いを浸透しない。安い分だけ環境に負担かかる方をどうしても選択してしまいがちだ。
バスのアイドリングストップって仙台じゃだいぶ前から導入されていたけど、ドイツじゃ30秒アイドリングさせただけで罰金刑なんだと・・・。これすごいよね。やはりというか、ヨーロッパって文明のレベルが違うって感じです。欧州の成熟文明ってすきだなあ。
半分うとうとしながら、エコの番組をみていたが。内容が良い割にはあまりインパクトはなかったのか?知らんまに終わっていた。他に面白そうな番組もやってないし、久々にカールセーガンのコスモスのDVDでも観ることにした。毎回エピソードの最初の方ばかりで眠くなって終わるので、今日は最終エピソードから見ることに舌。
カールセーガンがなんども繰り返して話している。人類が生き残るか滅亡するか。環境問題と核兵器の問題の深刻さを熱く語っている。科学ってのが何なのかって話で、アレキサンドリアのことを話してくれた。アレキサンドリア図書館には沢山の科学的発見が記録されていたんだが、科学は民衆のためのもではなく、王を楽しませるか、兵器を改良するか、のためにあったそうだ。科学的な発見など、民には公表されることもなったらしい。そんな中、人類の宝は、アレキサンドリア図書館の女性科学者が襲撃されたりして、失なわれたらしい。誰も科学の価値をしることもないと、大変なことになる。・・・なんか話が脱線したかも。
環境の話だった。火星や金星とか、宇宙を研究することで、オゾン層のありがたさや温室効果の温暖化のことがわかるんだって。人類が生き残るために、何をしなければならないのか?コスモスが製作された時代でのメッセージではあるが。核兵器にことはずいぶん心配している。人類は生きる選択をできるのか?文明の思春期を乗り越えて生き延びないと、地球外生命体とのコンタクトができない~。
そんな感じで。いろいろと考えさせられた一日だったというわけだ。国家のためではなく、人類のために・・・そう考えられるか。
We are one spieces.

散歩すると喉が乾く。買いに行くから呑みたくなる。芝生に横になりながビール呑んでる人をみてうらやましくなる。今度は缶にしようかな。散歩のと中で昼飯というのもありかな。あらかじめ食えるものかっとかないとね。この天気、梅雨があけたら暑くてたまらんのだろうな。散歩できないかもしれないなあ。部屋のまどから空を眺めてるだけでもいいが。

今日の散歩は海を目指した。風が気持ちよいです。この場所は気に入りました。もうすぐ梅雨だし、天気のよい日にコレテ最高。水平線は見えないけれど打ち寄せる波の音がここちよい。船出したいもんだねえ。
そんなものが地球に落ちたら、地球の裏側まで突き抜けていくらしい。そんでまた戻ってくる、を繰り返す。みてみたいもんだが。接近したらあぶなそうだ。危ないことはしたくないんだが。巻き込まれるのを避けるのが難しい。とにかくあぶないと思ったら逃げる逃げるだ。
株だナンダという話も大事なんろうど、ブラックホールのことなど考えると、何も生産しないまぬけな話にもおもえてしまう。それはそうと、超新星爆発ってのをいっぺん見てみたいものだ。夜でも本が読めるほど明るいとかいうが、どんな感じなんだろう。

もはや習慣となりつつある、土曜の散歩とおやつのビール。夕飯にはまだ早い、明るいうちにユックリとグラスをカタムケル。ウインナーとトマトがメインのつまみだ。呑みはじめて日が暮れるころ、意識が遠退く。復活するころには夜だ。さて、気合いをいれなをしだ。
毎日家での時間のなさに苦心している。だから今日はいつもより一時間早く仕事を切り上げた。その結果はどうか?ビール飲んで眠くなってしまった。まだ木曜なのに。お金より大事なものは、時間か。時間の切り売りをするしか仕方ない。
もうすぐまたワールドカップの季節がやってくる。はやいもので、もうあれから4年もたつんだよねえ。今回は夜更かしはできそうにないので、オンタイムで観戦は無理かもしれないけど。日本の試合はやはり気になる。まさか、休暇を取るってわけにもいかんだろうし。こうゆうときはフレックスタイム方式だといのにね。
毎日時間が足りないように感じるのは、睡眠時間が長すぎからなのだろうか?気分転換した後に、何もできないってのはなんだかなあ。もっと帰宅時間を早めるか?
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